第1回 色素から遺伝子までー文鳥の羽色から始める遺伝学への招待
最近よく耳にするけれど、いまいちぼんやりとしか解らない”遺伝子”のこと。『生命の設計図』なんて言われているけれど、実際どうやって働いているのでしょう?
ここでは、文鳥の羽色を例として、遺伝子の実体や働き方を見てみたいと思います。文鳥の羽色の遺伝に関しては、まだ解っていないことも多いのですが、現在だいたい実態に合っているだろうと思われる仮説(The Java Sparrow Society UKによるものなど)に基づいてお話しします。
2種類のメラニン色素の組み合わせが、遺伝子によって変わり、様々な羽色の文鳥が出来る仕組みを、何回かに分けて、遺伝学の基礎知識とともに、ざっくりゆるく図解していく予定です。
さて、1回目のテーマは「羽色が遺伝子で決まるってどういうこと?」です。
文鳥の羽色から、生化学を経て遺伝学の世界にご招待します。
羽色を決めるものは?
文鳥の羽色はヒトの髪や肌とも同じで、2種類の色素によって決まっています。
灰色〜黒色系のユーメラニンと茶色系のフェオメラニンです。
色素は生物に色をつける上で、紙に絵を描くときのインクや絵の具のようなものです。どの色素が、どれだけ、どこにあるかで、どんな色の文鳥になるかが決まります。
色素を作るには?
色素として働くどちらのメラニンも、チロシンというアミノ酸の一種から、化学反応を繰り返して作られますが、この化学反応には酵素が必要です。
酵素とは、化学反応を触媒する(スムーズに進める)分子で、タンパク質でできています。
タンパク質はアミノ酸が繋がってできた物質です。
アミノ酸はカルボキシル基(COOH基)とアミノ基(NH2基)を持つ有機化合物です。
タンパク質を作るには?
酵素などのタンパク質の作り方は、遺伝子としてDNAに書かれています。
DNAにあるA、T、G、Cの4種類の塩基の配列が、3塩基で1つの遺伝暗号(コドン)になっていて、1種類のアミノ酸を指定しています。
遺伝暗号によって指定されたアミノ酸が繋がってタンパク質を作り、その一部が酵素として働きます。
つまり、遺伝子はタンパク質の設計図であり、羽色を決めているのも遺伝子ということになります。
今回のまとめ
1. 羽色は色素で決まっている
2. 色素を作るには酵素(タンパク質)が必要
3. タンパク質の設計図=遺伝子
→羽色は遺伝子で決まる
<補足> 羽色が現れるにはいくつもの過程が必要
これまで、羽色を決める色素について、その合成(物質としての色素を作る)過程に目を向けてきましたが、実際に羽色を決めるのは色素合成系の酵素だけではありません。
メラニン系の色素による羽色の決定には
1. メラノサイト(メラニン細胞)の発生
2. メラノソーム(メラニンを合成・蓄積する細胞小器官)の構築
3. メラニン合成
4. メラノソームの細胞内輸送
5. メラニン合成系の制御
といった、いくつもの過程が関わってきます。
例えば、メラニン色素の合成が出来る遺伝子が揃っていても、その前にメラニン細胞を作るための遺伝子に異常があってメラニンが作られない場合もあります。
これらの過程に関わる伝達物質の受容体や酵素も遺伝子によって設計されたタンパク質です。
耳慣れない言葉が並んでいますが、ざっくりまとめると、複数の過程を経て、様々なタンパク質、たくさんの遺伝子が関わることで、羽色が決定されています。
参考文献
伊藤美代子(2015)「幸せな文鳥の育て方」大泉書店
清水宏(2018)「新しい皮膚科学 第3版」中山書店
ホートンら(1998)「ホートン生化学」東京化学同人
織部恵莉ら(2009)「鳥類におけるメラニンを用いた体色発現システムの分子構造」比較生理生化学Vol.26,No.1