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文鳥の羽色で学ぶゆる遺伝学 (4)

第4回 シナモン文鳥とシルバー文鳥の遺伝 シンプルな潜性変異

 

第2回、第3回と、遺伝学の基礎知識をおさらいしてきましたが、今回からいよいよ具体的な文鳥の品種に関わる遺伝の話です。最初に、シナモン文鳥とシルバー文鳥の遺伝を取り上げようと思います。

なぜ一番メジャーな品種である桜や白文鳥を差し置いて、シナモンとシルバーから取り上げるかというと、実は、白文鳥の遺伝は結構ややこしく、桜文鳥に関しては、はっきりと解っていない部分の方が大きいのです。そこで、まずは一番簡単に説明できるシナモンとシルバーの遺伝からお話しようと思います。

 

野生型(ノーマル)文鳥の特徴

品種の特徴と遺伝の前に、まずは野生型(ノーマル)文鳥の特徴をおさらいします。

ノーマル文鳥の成鳥は、頭と尾羽は黒色で頰(に見えるけれど実際には耳の穴のあるあたり)は白、胸と背中は灰色、腹は小豆色の羽色をしています。眼は黒に近い焦げ茶、くちばしは血色が透けて赤から淡いピンクのグラデーションになっています。

ひなは頭から尾羽にかけての背中側が濃い灰色、頰から胸、腹にかけては背中側よりやや淡く茶色みがかった灰色の羽色をしています。目は成鳥と同じく黒に近い焦げ茶、くちばしは全体が黒に近い濃い小豆色で、端のみクリーム色をしています。

このような外見は、血色の赤と2種類のメラニン色素で彩られています。ノーマル文鳥は、灰色〜黒系のユーメラニンと茶色系のフェオメラニンを持っています。

 

シナモン文鳥の特徴と遺伝

シナモン文鳥の成鳥は頭と尾羽は茶色、頰は白、胸と背中はベージュ、腹は薄茶色の羽色で、目は赤、くちばしは野生型と同じです。ひなは全身ベージュの羽色で、目は赤、くちばしは全体がピンク色で端のみクリーム色をしています。

シナモン文鳥の羽色は、野生型(ノーマル)の文鳥から灰色系の色素が減ることで現れると思われます。そのため、シナモン文鳥の変異遺伝子は元々黒〜灰色を発色するユーメラニンを作る経路に関わっている遺伝子の機能が失われたものではないかと考えられます。

シナモン文鳥を作る変異遺伝子は、野生型に対して潜性(表現型に現れずに隠れてしまいがちな性質)なので、ここでは仮に、シナモン(cinnamon)の頭文字をとって野生型(ノーマル)の遺伝子をC(ラージシー)、シナモン変異型の遺伝子をc(スモールシー)と表記することにします。

文鳥は二倍体(遺伝子セットを2つ持っている)なので、それぞれの個体がシナモンに関する対立遺伝子を2つずつ持っています。そのため、野生型(ノーマル)の文鳥の遺伝子型はCCと表すことができます。

野生型の文鳥(遺伝子型:CC)では正常にユーメラニンが作られますが、シナモン変異型(c)がホモになる(cが2つ揃う)とユーメラニンが作られる量が減って、残ったフェオメラニンの色が見えるので茶色系の羽色を持ったシナモン文鳥(遺伝子型:cc)になります。

野生型の文鳥(遺伝子型:CC)とシナモン文鳥(遺伝子型:cc)の間にできたひなは、シナモン遺伝子についてヘテロ(遺伝子型:Cc)になります。この場合、顕性の野生型遺伝子Cが1つだけでもユーメラニンが十分な量作られるので、片方はシナモン変異cを持っていても、表現型(見た目)は野生型の文鳥(ノーマル文鳥)になります。メンデルの顕性(優性)の法則ですね。

シナモン遺伝子に関してヘテロなノーマル文鳥(遺伝子型:Cc)同士のペアがひなを生んだ場合、母鳥の持つ遺伝子(Cc)は卵を作る時に減数分裂を起こして2つに分かれ、Cを持つ卵cを持つ卵を半数ずつ作ります。父鳥(Cc)の方も、精子を作る時には減数分裂で2つに分かれ、Cを持つ精子とcを持つ精子を半数ずつ作ります。そして、卵と精子が受精して受精卵(CC/ Cc/cc)ができ、これがひなに成長します。そしてノーマル文鳥(C-=CC/Cc):シナモン文鳥(cc)のひながが3:1の比率で生まれて来ます。(顕性と潜性、どちらの遺伝子でも良い場合を-で表しました)これがメンデルの分離の法則です。

 

シルバー文鳥の特徴と遺伝

シルバー文鳥の成鳥は頭と尾羽は灰色、頰は白、胸と背中は淡い灰色、腹は赤みを帯びたベージュの羽色で、目は黒に近い焦げ茶、くちばしは野生型と同じです。ひなは全身淡い灰色の羽色で、目は黒に近い焦げ茶、くちばしは全体が野生型より薄い小豆色で端のみクリーム色をしています。

シルバー文鳥の羽色は、野生型(ノーマル)の文鳥から茶色系の色素が減ることで現れていると思われます。そのため、シルバー文鳥の変異遺伝子は元々茶色系を発色するフェオメラニンを作る経路に関わる遺伝子の機能が失われたものではないかと考えられます。

シルバー文鳥を作る遺伝子も野生型に対して潜性の変異遺伝子なので、ここでは仮に、シルバー(silver)の頭文字をとって、野生型の遺伝子をS(ラージエス)、シルバー変異型の遺伝子をs(スモールエス)と表記することにします。

野生型の文鳥(遺伝子型:SS)ではフェオメラニンが正常に作られますが、シルバー変異(s)がホモになる(sが2つ揃う)とフェオメラニンが作られる量が減って、残ったユーメラニンの色のみが見えるので、灰色系の羽色を持ったシルバー文鳥(遺伝子型:ss)になります。

シルバー遺伝子がヘテロ(遺伝子型:Ss)の場合、顕性の野生型遺伝子Sが1つだけでもフェオメラニンが十分な量作られるので、片方はシルバー変異sを持っていても表現型(見た目)は野生型の文鳥(ノーマル文鳥)になります。

シルバー遺伝子に関してヘテロなノーマル文鳥(遺伝子型:Ss)同士のペアがひなを生んだ場合、ノーマル文鳥(S-=SS/Ss):シナモン文鳥(ss)が3:1の比率で生まれて来ます。

関わるメラニン色素と遺伝子名が違うだけで、シナモン遺伝子と全く同じ遺伝パターンですね。

遺伝子名(品種名)と、遺伝子の働きは逆!?

少し混乱するかもしれませんが、シナモン遺伝子は灰色系の色素であるユーメラニンの合成に関わる遺伝子で、シルバー遺伝子は茶色系の色素であるフェオメラニンの合成に関わる遺伝子だと考えられます。つまり、遺伝子名と遺伝子の働きは逆になっています。文鳥の遺伝子名についてはここでは説明のため仮につけたものですが、実際詳しく調べられている遺伝子でも、変異体(品種)の原因遺伝子として同定された(見つかった)場合は変異体の性質を遺伝子名につけることはよくあります。例えば、被子植物(花弁のある花が咲く植物)の生殖器官であるめしべとおしべを作る遺伝子はagamous(無配偶子の)という名前です。つまり、遺伝子の機能は配偶子を作ることなのに、遺伝子名は”配偶子のできない遺伝子”です。このように、変異体をもとに名付けられた遺伝子は、遺伝子の機能が壊れた状態(=変異体)の形質(特徴)をもとに命名されるため、遺伝子名と遺伝子の機能が逆になるのです。

 

シナモン+シルバー=イノ 独立な遺伝子の二重変異

シナモン変異とシルバー変異についての仮説を説明してきましたが、この2つの変異を両方持っていたらどうなるでしょう?

この場合、ユーメラニンの量もフェオメラニンの量も少ない文鳥になり、イノ文鳥と呼ばれています。イノとはアルビノ(albino・白化個体)のinoで、色素を持たないアルビノに近い品種です。

イノ文鳥の中でもユーメラニンが多めのごく淡い灰みのベージュの色合いの文鳥はシルバーイノ文鳥、フェオメラニンが多めのごく淡い黄みのベージュの色合いの文鳥はクリームイノ文鳥と呼ばれています。

品種の特徴としては、シルバーイノ文鳥の成鳥は頭と尾羽は淡い灰みのベージュ、頰は白、胸と背中、腹はほぼ白い羽色で、目は赤、くちばしは野生型と同じです。ひなは全身白に近いごく淡い灰色の羽色で、目は赤、くちばしは全体が淡く灰色がかったピンク色で端のみクリーム色をしています。クリームイノ文鳥の成鳥は頭と尾羽は淡い黄みのベージュ、頰は白、胸と背中、腹はほぼ白い羽色で、目は赤、くちばしは野生型と同じです。ひなは全身白に近いごく淡いベージュの羽色で、目は赤、くちばしは全体がピンク色で端のみクリーム色をしています。

イノ文鳥はシナモン変異とシルバー変異を両方持つ潜性の二重変異体であり、遺伝子型はccssと表記できます。それに対して、野生型の文鳥は遺伝子型CCSSです。

シナモン遺伝子とシルバー遺伝子は連鎖(一緒に動くこと)をせずに独立に遺伝するので、別々の染色体上に乗っていると考えられます。

例えば、純粋なシナモン文鳥(遺伝子型:ccSS)とシルバー文鳥(CCss)との間にひなが生まれた場合、ひなは全てノーマル文鳥(CcSs)となります。

このようなCcSsの遺伝子型を持つノーマル文鳥同士にさらにひなができた場合、ノーマル文鳥(C-S-):シナモン文鳥(ccS-):シルバー文鳥(C-ss):イノ文鳥(ccss)が9:3:3:1の割合で生まれます。

一見複雑に見えますが、分解すると、シナモン遺伝子については、ノーマル文鳥:シナモン文鳥が9:3、つまり3:1、シルバー文鳥:イノ文鳥も3:1で、シルバー遺伝子については、ノーマル文鳥:シルバー文鳥が9:3、つまり3:1、シナモン文鳥:イノ文鳥も3:1との比率になっています。

2種類の遺伝子が組み合わさっていても、やはり、メンデルの顕性(優性)と分離の法則に従っていますね。これが独立の法則です。

今回のまとめ

1. シナモン変異とシルバー変異はともに野生型に対して潜性で互いに独立

2. シナモン遺伝子はユーメラニン、シルバー遺伝子はフェオメラニンの生成に関わっていると考えられる

3. シナモン+シルバー=イノ

 

<補足> 同じ品種の中での色の濃さの違い

ここまで、シナモン文鳥、シルバー文鳥をそれぞれ一つの品種として扱ってきましたが、よく見ると、シナモン文鳥の中でも明るい茶色の文鳥や、チョコレート色に近い暗めの茶色の文鳥がいたり、シルバー文鳥の中でも羽色に若干の濃淡の違いがあったりすることにお気づきの方も多いと思います。

特に、明るい茶色のシナモン文鳥と、暗めの茶色のシナモン文鳥はかなり色が違うので、遺伝子の変異が違うのではないかという説もあるようです。つまり、シナモン遺伝子は野生型のC以外に暗めの茶色のc’、明るめの茶色のcの3種類の対立遺伝子があるということです。そして、明るい茶色の方がよりユーメラニンの量が少ない変異なので、C>c’>cの順に顕性なのではないかと考えられています。この説が正しければ、イノ文鳥のシルバーイノとクリームイノの違いも、このシナモン遺伝子の違いによるものではないかとも推測できます。

ただし、現在は暗めの茶色の文鳥も、明るめの茶色の文鳥も同じシナモン文鳥として扱われていることが多く、同じ両親から生まれたひなの場合、メスが比較的明るめに、オスが暗めになりがちなど、性差によるものではないかと思われる違いも入り混じって、まだはっきりと実証されているとは言い難い状況です。

今後、細かな色の違いについても遺伝の研究が進むことを期待したいですね。

 

参考文献

伊藤美代子(2015)「幸せな文鳥の育て方」大泉書店

yanagisawa(2013)「文鳥の品種と遺伝 第2版」ララビスのために

The Java Sparrow Society UK